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センパイに聞く進路選び

スタイリスト
伊達めぐみさん

須川理惠

- profile -
勤務先
フリー
出身校・学科
バンタンデザイン研究所 スタイリスト学科
将来の夢
新しいものを求め、長くスタイリストを続けていきたい


個性的な講師や学生が集まるバンタン だから個性と才能が伸びていくんです

学生の頃は、個性的な人が本当に多くて、毎日がおもしろいこと、楽しいことの連続でした。
バンタンを卒業してから古着屋で働き、その後アシスタントを経験しました。2004年に独立して、YUIやKalafinaなどのアーティスト、資生堂、SONYなどの広告、雑誌や映画など色々な分野でスタイリングを担当させて頂いてます。 私が学生の頃は、毎日がおもしろいこと、楽しいことの連続。先生もしっかり意見交換をしてくれていました。そういう仲間や恩師との出会いやつながりが、自然とコミュニケーション力を高めて、今の仕事にもつながったのだと思っています。現場派遣が多くて、学校から「こういう仕事があるから行ってみない?」と言われて、よくショーのフィッターのアシストやティーン雑誌や映画の撮影のアシストに出掛けたりしていました。学校側の現場派遣がなかったら、今の私は無かったと思います。

コミュニケーション力が培えるセッションでたくさん作品を作り上げました。
スタイリストという同じ想いをもった仲間はもちろん、メイクやフォトなど様々な学部があるから、一緒に作品やショーを作り上げていました。周りのみんな、あついんですよね、ライバルだという闘争心もお互いに感じるし、服が好きという共通の思いがあって集まっている。バンタンでできた仲間とは、何よりも固い絆で結ばれています。

バンタンに入って知ったこと。それは、自分が変われば、人を変える力を得られる、ということ。
実は学生時代、スタイリストになることについて、父親から猛反対にあってたんです。でも、夜遅くまで課題をしていて、その姿を見た父が少しずつ、『おまえも、すごいことをやっているんだな』って認めてくれたんですよね。家族の応援と理解も、スタイリストになる上で必要な条件なのだと思います。


◆私の進路決定チャート

高校生のとき
古着が大好きで、ファッションに携わりたいと思っていました。卒業後もそのままスタイリストになったのではなくて、大好きな古着屋で働いていたくらいです。

バンタン生のとき
義務教育じゃないので、自由だったし、なにより先生が対等でいてくれました。スタイリストでひとりだちしようを思っているなら、他人の意見に絶対服従していてはダメだと思います。

卒業してから
古着屋で働いていた私に先生から「アシスタントを募集しているから行って欲しい」とお話を頂いたことが、スタイリストとしてのスタート。後の師匠になる方との出会いでした。

進路決定!


◆スタイリストのお仕事

撮影シーンにあわせて、出演者の衣装や小物をコーディネート
雑誌やテレビなどの撮影にあたって出演者の衣装を準備し、セッティングするのがスタイリスト。必要な衣装はメーカーや小売店から調達し、撮影現場では常に出演者の着こなしに注意を払います。著名なスタイリストのアシスタントを経て独立するのが一般的。ファッションセンスやトレンドへの感度はもちろん、細かな気配りも求められる仕事です。


バンタンデザイン研究所
フリーダイヤル: 0120-03-4775
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